banner

 

犬は賢い生き物

「犬」は、人のパートナーとして最もポピュラーな存在です。犬を飼っていた経験を持つ人は数多くいます。そして、その経験の中からひとつの命を育てること、言葉ではなく、種族を超えて分かり合えることを学びます。「犬」は私たちにとってもっとも身近な動物であり、「生」とはなにかをその生涯を通じて教えてくれる動物なのです。「言葉を超えて分かり合う」とことが出来るのは、ひとえにその動物の「知能」の賜物です。犬は人のパートナーとして申し分ない知能を備えているのです。

歴史的に見ても、人と犬は古くから深く関わってきました。主に「肉食」の狼などを起源とする犬は、もともと社会性を備えた動物です。「自分とその他」ということを意識しながら、認識しながら生きていくことができる動物なのです。ですから、飼い主のことも認識します。その家族のことも認識します。逆に、「そうではない」と判断した相手に対しては攻撃的な態度をとることもできます。いわゆる「番犬」というわけです。その威嚇方法は主に「キバ」をむき出しにして「吠える」ことにあります。そうして相手を威嚇しつつ、飼い主に異変を伝えることが出来るのです。

また、脚力も丈夫です。猫などとは違って長時間走ることが出来る持久力も備えています。自然界にいたときの「狩り」の方法も猫とは対照的です。ネコ科の動物は主に「待ちぶせ」し、奇襲することで一気に捉えます。あまり長時間追いかけるということはしないのです。瞬発力型の狩りというわけです。対してイヌ科の動物は相手が疲れるまで追い続けることができます。その速さもさることながら、追いかけつづけて相手の疲れを誘うことも出来るのです。

そのような「社会性」と「身体能力」は、主に「牧畜」の際に重宝されていました。数多くいる羊をまとめあげたり、野生の狼などからそれらを守ったり、あきらかに「牧羊犬」としての自己を認識し、「何をすべきか」を理解した上での行動であるといえます。それらのことを理解出来るだけの「知恵」が、犬にはあるのです。

現代になり、家庭に入る「ペット」としての犬も、「自分はこの群れの中で何をする存在なのか」ということを自然と意識するものです。誰がマスターか、自分の役割は何なのか、ということです。動物の本能が「ただ生きているだけ」ということを許さないのでしょう。

それはたとえ家族がその犬に教えこまなくても自身で解釈し、納得する場合もあります。「縄張り」と「属する集団」、そして「外敵」に対する意識は犬が種として、「本能」として持つものです。ですから、「吠えないように」としつけない以上、犬は外敵に対して吠えます。もちろん勇猛な犬とそうではない犬がいますから、すべての犬が番犬としての役割を担えるわけではありませんが、多かれ少なかれ、自己とそれが属する集団、そして外部侵入者は意識するでしょう。

「人になつきやすい犬」とよく言いますが、それは誰でも彼でもそのようにするわけではありません。自身に対する敵愾心を見抜いたり、オーナーが仲良くしている人は「仲間だ」と判断したり、そこには犬なりの洞察があります。

犬とはそれほどまで賢い動物なのです。

Copyright(c) 2012 ブリーダーとは All Rights Reserved.